「チェックメイト」

 バイクのお話。

HONDA、YAMAHA、SUZUKI、KAWASAKI。

4大日本メーカーに席巻されて、外国のバイクメーカーが息も絶え絶えという時代があった。

実際に日本のバイクメーカーのせいで消えていった外国のメーカーがいくつもある。

DUCATIは、頑固なイタリアのメーカーで、日本のバイクが車体のフレームに軽量なアルミを使い、軽く剛性の高いものを使うようになっても、かたくなにスチールの格子状パイプフレームにこだわり続けた。

伝統にこだわるがゆえに、レースではまったく日本のメーカーに勝てず、バイクも売れず、何度も経営危機に陥った。

最新の技術を追いかけようにも、このパイプフレーム「トラレスフレーム」は、DUCATIのアイコンであり、それをやめてしまってはもはやそのバイクはDUCATIではない(と思う人がさぞかしたくさんいたことだろう)。

だから変えるに変えられない。(変える技術力も資金もなかっただろう)

その間、DUCATIは悩み続けたのか、はたまた自分達にはこれしかないと信じ続けたのか。

自動車メーカーで言えば、ポルシェも同じ問題を抱えている。

ポルシェはリアエンジン、リアドライブのいわゆるRRの車体を持っているが、これこそがポルシェのアイデンティティになっているので、時代遅れとなっても変えられない。

そのハンデをポルシェは何とか毎回モデルチェンジの度に現代の車、最新の車に負けぬよう仕立て上げてきた。(それがとても格好いい)

「伝統」は財産でもあり、足かせでもある。

DUCATIは今年、自社のフラッグシップともいえるスーパーバイクのフルモデルチェンジを行なった。

その名も「1199パニガーレ」。





今回、なんとDUCATIは、伝統の「トラレスフレーム」を採用しなかった。

ちなみにトラレスフレームというのはこんなヤツ。





カウルでほとんど見えないが、鋼管のパイプフレームが見ていただけると思う。








なんとモノコックフレームを採用。

エンジンの一部までが剛性を担う設計。

だからもうフレームが存在しないようにも見える。

いやもうなんか凄いショック。

実はこのモノコックフレームをDUCATIはGPでトライしていて、まだ熟成されているとは言えない状態だったのに、いきなりの市販車での採用。

何にショックを受けたかって、何よりこのアグレッシブさがショック。

自分達の「伝統」を「進化」のためにあっさりと捨て去ったのである。

このバイク、今までのバイクの文法を叩き壊している部分がそこここに見える。

たとえば、マフラー。

重心を低く、そして真ん中にもってくるために今までのバイクとは違うところについている。

サスペンションの位置も、このバイクが初めてというわけではないが、とても変わった場所についている。

バイク好きから見ると、このニューモデルは「異形」のものに見えるのである。(しかもカッコイイ)

195馬力、176圈

分かりやすく言うと、250嫩度の重さの車体に2500佞亮屬離┘鵐献鵑稜藁呂ある。

それらを最新の電子制御でコントロールする。

データロガー付きで車体にはUSB端子までついている。

このようなことが今の日本の企業にはなかなかできない。

25年前なら、この種のアグレッシブさは日本のメーカーの専売特許だった。

市販車にアルミフレームを採用したのも、5バルブのマシンを作ったのも、楕円ピストンのエンジンを作ったのも、グランプリマシンそのままのバイクを市販したのも皆日本車だった。(モノコックフレームだって実はKAWASAKIがすでにやっている。)

HONDAのCB750、KAWASAKIのZ1、SUZUKIのカタナ、KAWASAKIのNinja、どれも世界の度肝を抜いた。(KAWASAKIのNinjaというと、TOP GUNでトム・クルーズが乗ってたバイク。つまり当時一番クールなバイクだったということ。)

世界一を目指し、追いつけ、追い越せ、負けるものかと懸命になっていた日本のバイクメーカーには「伝統」などもちろんない。

守るものがなかったがゆえに、純粋に、無垢に「最強」や「最速」を目指すことができた。

HONDAの創設者である本田宗一郎は「HONDAは世界一のバイクを作る」と宣言して、まずしたことはと言えば、日本にサーキットを作ることだった。

それが世界有数のテクニカルサーキットと言われている「鈴鹿サーキット」である。

「世界一」のサーキットがなければ、世界一のバイクは作れないだろうという論理。

当時の日本人の感覚や状況、そしてHONDAの技術力と規模からしたら、スティーブ・ジョブズも小物に見えるくらいブットび方(笑)

だから本田宗一郎はレジェンドなのである。

アイルトン・セナでさえ、本田宗一郎と初めて話をしたときは緊張したというくらいである。

そんなJapanese motorcycleに世界中が熱狂したのも無理はない。

日本のバイクメーカーは数々の伝説を作り、伝統を築きあげてきたが、今はその「伝統」が彼らの足を引っ張っている。

恐ろしく性能は高いけれど、毎年少しずつ改良していくこと程度のことしかできていない。

速いのはわかるが、ワクワクしない。

既存の枠からはみ出していないのだからワクワクしないのは当たり前。

日本のバイクが好きだから、こう書くのも辛い。

伝統に安住せず、たゆまぬ努力で進化しつづけるというのは口で言うほど易いことではない。

しかし、その伝統を破壊することとなると、それは次元の違う困難さを伴うことだろう。

「DUCATIはあっさりと伝統を捨て去った」と先に書いたが、実際はそうではない。

先輩達が為してきた「偉業」を、メーカーの「歴史」と「伝統」を、泣きながら、ハンマーで砕き壊したにちがいない。

『1199パニガーレ』の最初の写真、よく見ると、バイクの横にチェスの駒が倒れているのが見える。

このバイクのキャッチコピーは「チェックメイト」である。

DUCATIは現在、苦しいところから這い上がり、すでに日本車に負けぬ性能と人気を得ている。

波に乗っているDUCATIの自信がうかがえる。

「散々苦しめられましたが、もう私達は日本のメーカーには絶対負けません。そしてとうとうあなた達を追い詰めました。これが最後の一手です。」と言っているのだ。

DUCATIは苦しいときでも「伝統」を守り抜いた。

だからこそそれを「破壊」することができた。

新しいものを創造できるときというのは、自分達自身が「新しい」存在であるときと、自分達の守り抜いた「伝統」を破壊できるほどの自信を蓄えているときだけなのだ。






















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