保護と過保護

 「保護」と「過保護」の線引きは難しい。

しかし保護と過保護の線引きができていないと、「過保護」を恐れる親はおっかなびっくりになり、どのように子供に接するべきかがわからなくなってしまう。

よい子育てを行うためにも、親が悩み、ストレスをためないためにも、「保護」とは何か、「過保護」とは何かということを理解しておいた方がよい。

「保護」というのは、簡単にいうと、「守り、与えること」である。

「守る」とは何を守ることをいうのか。

それは子供の「尊厳」と「生命」である。

「与える」とは何を与えることか。

それは「衣・食・住」「子どもにとって必要なもの」「子供が欲しているもの」を与えることである。

全力で子供の尊厳と命を守り、衣食住を整え、子供が生きていく上で必要なものと、彼が欲するものを与えることが「保護」なのである。

この中で一番大切なのは「子供が欲したものを与える」ことかもしれないと私は考えている。

子供に与えるものをすべてコントロールしたがる「教育熱心」な親がいるが、実はその姿勢は間違っている。

大人からみたら、しょうもない、何の値打ちのないものでも、子供にとっては宝物というものがある。

それを大人の価値観ですべて否定してはならない。

ちなみに「子供が欲したもの」とは「物質的なもの」だけではなく、「精神的なもの(愛情)」も含む。

親は、子供が欲した物質的なものや、愛情をしっかりと与えてやらねばならない。



さて、上記の内容が「保護」とするならば、「過保護」とは何か。

「過保護」とは「子供が欲した、モノや愛情」を、全部与えてしまうことだ。

この一点につきる。

たとえば、母親が家事に忙しくしているときに、小さな子どもが「遊んで〜」とニコニコやって来る。

お母さまが「今、ご用事をしているからひとりで遊んでてね。」と言うと、子どもが泣いてしまった。

子育ての中でよくあることだ。

こんなとき、真面目な母親は、「ああ、子どもにかまってあげられない」と自己嫌悪するが、このようなときに全部愛情を与えてしまうと、それは「過保護」なのだ。

時に我慢をさせ、辛抱をさせることは子どもをしっかり成長させるためには大切なことなのである。

だから母親はこのようなときに自己嫌悪する必要はない。

それはまったく正しい子育てだからだ。

大切なのは、どこまで与え、どこから与えないか。

その線引きがその家の「家庭の方針」ということになる。

この線引きが各家庭できちんと決められているということが大切なのだ。

この線引きは難しい。

しかし、それをしっかり考えていくことが、子供をまっすぐ育てる道なのだと思う。




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