勉強ができるようになるための小さな訓練

ジャズを聴くとき、ジャズ好きはプレーヤーが次にフレーズやコードをどう持っていくか、無意識の内に予測をしながら聴く。あまりにも当たり前で、予想通りの演奏をされてしまうと、それを退屈な演奏と感じるし、いい形で予想を裏切られると、「名演奏」だと唸る。

勉強ができる子というのは、先生の話を聞くとき、常に話がどう進んでいくのかを予測しながら聞いているものである。話を聞きながら、話の先の予測を立て、先生が何かを問うたなら、無意識の内にその「答え」を考えている。ぼうっとしていても、頭のどこかで無意識の内に「答え」を探していたりする。勉強のできる子は先の見えにくい話をされるのを嫌がるが、そういうのは下手糞なジャズを聴かされているのに似ているのかもしれない。

勉強ができない子というのは、それとは逆に「話」に反応できていないことが多い。話の進む方向を予測しながら聞いてないので、大切なことが出てきても「センサー」が反応せず、「聞いているが聞いていない」状態になってしまっている。

『leave Tokyo は「東京を出発する」、leave for Osakaは「大阪へ向かってどこかを出発する」っていう意味。じゃあ、leave Tokyo for Osakaだとどういう意味になりますか?」

こういうのは知識を問うている発問ではない。別にleave A for B だなんて知らなくても、先に述べたような聞き方ができていれば答えられる。しかし、勉強ができない子、成績は悪くないけれど、伸び悩む子の中には、「わかりません」と即答してしまう子がいるのである。人の話を聞くとき、あるいは授業を聞いているとき、情報を「処理」をしながら聞けない(聞かない)ままだと、いくら勉強時間を増やしても、伸びていくのは難しい。

これは「能力」の問題というよりも、脳の使い方の「習慣」の問題である。先を読み、予測を立てる「習慣」を身につけていけば、覚える力や理解する力は大幅に伸ばすことができる。そういった意味で、頭はよくすることができるのだ。

『itが「それ」なんだから、「それら」っていうのはitsかな?えっ、ちがうの!theyっていうのかあ。へー。』

どの子にもこういう話の聞き方や、あるいは本の読み方、問題の解き方をしてほしい。もちろん、先生は話し方や説明の仕方を工夫するべきだが、先生がその工夫をするだけでそのような力がついていくかというとそれはかなり難しい。生徒達自身もそういう聞き方ができるようになる訓練や努力を自らやろうとしなければならない。「先生がさあ、楽しく面白く、興味を持てるように授業をしてくれれば俺だって勉強ができるのに」なんて言っている子は多分勉強ができるようにはならない。

では、習慣を変えるためにどこから努力すればよいか。極めてシンプルな方法がひとつある。それは授業中、先生の話が分かったら、フンフンと頷き、わからない、わかりにくいと思ったら眉間にシワを寄せ、首を捻るのである。勉強ができる子というのは授業中、必ず体が「反応」している。分かった瞬間に、大きく息を吸ったり、指先が動いたり、目が大きくなったりしているものなのである。意識が体に表出するならば、身体を動かして、意識を変えていけばいい。

頷いたり、首を捻ったりするためには、「自分が今、この説明を理解できたかどうか」ということを常に自分自身に問いかけ、確認しなければならない。授業を受けるときの集中力が増すことは言うまでもない。最初は意識してやっていても、ずっとそうしていればそれが段々と習慣になり、やがて意識せずともできるようになる。「勉強ができる子」と同じように。




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