泣かずにはいられない

 8月8日、14年間飼っていた愛犬のロビンが死んでしまった。

人間でいうなら90歳近くで、心臓も少し弱くなっていたし、耳もあまり聞こえなくなっていた。その上、てんかんの持病もあったので、仕方がないといえば仕方がないが、前日までとても元気だったので、私達家族のショックは大きかった。

ロビンが死んでいるのを見つけたのは息子だった。家内と一緒に帰宅したとき、居間で横になっているロビンが見えた。耳が遠くなっているロビンが、自分に気づいていないのだと思い、ちょっと驚かせてやろうと、ポンと体を叩いてみたら、ピクリとも動かなかったのだそうだ。生まれたときから一緒にいるロビンが死んでいるのを見つけたのは大層なショックだったことだろう。

家内から塾へ電話をくれて、ロビンが死んでると告げてくれた。電話の向こうで息子が声を上げて泣いているのが聞こえてくる。ちょうど授業が空いている時間だったので、私も急いで家に帰った。ロビンはいつも私がコンピューターを触っているときに座っている「いつものところ」で、いつもの寝姿で死んでいた。

ロビンは元々義母が飼っていたが、都合で飼えなくなり、生後一年のロビンを我が家で引き取ることになった。私は元々猫派なので、最初はちょっと渋ったが、それでも誰かが飼わないといけないので結局引き取ることになったのだった。

家に来た最初は私には懐かず、触らせてもくれなかったが、いつの間にか私を「主人」だと思ったのか、腹を見せてひっくり返るようになった。



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ロビンが我が家に来たとき、まだ息子は生まれておらず、私達夫婦は結婚して9年間子供がいなかった。それがロビンが家に来て、しばらくして息子を授かったものだから、私達夫婦はこの犬が息子を授けてくれたのだと本気でそう思っていた。ロビンが来てからの14年間は私の人生が大きく動いた日々で、よい時期も悪い時期もあり、SORAを作ったのも、この14年の間のことだ。私は人生で一番色んなことがあった14年間をロビンと過ごした。

ロビンは家の中で放し飼いで、ずっと一緒に暮らしていた。家族の誰かが、寝ずに一階にいると、必ず一緒にいて、先に寝室へ行くことはほとんどなかった。また誰かが風邪や何かで一人で寝室で寝込んでいると、その一人と必ず一緒にいてくれた。

「僕たちは同じ『群れ』にいるんだから、『群れ』は一緒にいないとダメなんだよ。なんで一人でいるの?しょうがないなあ、じゃあ僕が一緒にいるよ。」

きっとロビンはいつもそう考えていたのだろう。死ぬ前日、私がこのブログを書いていて、寝ずに起きていたときも、胡坐をかいてパソコンを打っている私のお尻のところに体を一部をちょっとだけくっつけて寝ていた。いつもそんなふうだった。

遅くまで起きていたせいで、翌日、ちょっと私は寝坊をして、あわてて支度をしたので、ロビンが死んだ日の朝の記憶がない。それがとても悔やまれる。

ああしていたら、ロビンを死なさずにすんだのではないか、こうしておけばよかったのではないかと、あの日以来、ずっと考えてしまうが、それをしてしまうとドンドン心が悪い方へ行ってしまうので、心がそちらへいかないようにするのが本当に大変だ。



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8月8日にロビンが死んで、翌日の9日が親父の四十九日、10日から中3の夏季合宿と、なかなか大変だった。8日は授業の空いている時間にペットを埋葬してくれる霊園を探して、ロビンを運んで10日にお葬式をしてもらった。私は合宿だったので、葬式には出ていない。

8日にロビンを霊園に運ぶとき、私のクルマと、家内のクルマと二台で行ったので、クルマの中で私は一人だった。車の中で私はずっと泣いていた。私は顔をくしゃくしゃにして泣いた。車の中では一人になれたから人目もはばかることもない。思う存分泣いた。大人だって泣くのだ。

先日死んだ実の親父と縁が薄く、私はとうとう彼とは家族になることはできなかったが、ロビンは私にとって家族だった。(ロビンは同じ『群れ』の一員だと思っていただろう。)私達は家族を失ったのだ。

「ロビンちゃん、にいちゃんはがんばるわあ。」

ロビンが来た頃、私は今より若くて、子供もいなかったから、ロビンに話しかけるときの私の一人称はずっと「にいちゃん」だった。息子ができても「お父さん」とか「パパ」とか言わないでずっと「にいちゃん」だった。

ロビンがいるときは、夜中にプリントやらチラシの原稿を作っているときには、ロビンに時折声をかけながら作っていた。動物は言葉がわからないから、何でも言えた。その習慣はなかなか抜けなくて、今も同じ口調で私はロビンに話しかけながら、色々やってる。

ロビンを失って気がついたが、私はロビンに語りかけながら、その言葉を自分に言い聞かせていることが多かった。信仰のある人が神仏に向かって言う言葉を私はロビンに向かって言っていたのかもしれない。



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この14年間、いつも君がいた。もう君はいないけれど、にいちゃんの心の中のいる君には話しかけられる。神仏を心に置くように、君を心に置いてこれからは頑張るよ。



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