奈良高校と畝傍高校どちらにするか?(4)

私のブログの記事の中でもっともアクセスが多く、長い期間読まれ続けているのはタイトルにもある「奈良高校と畝傍高校どちらにするか」というシリーズの記事である。Googleで「奈良高校 畝傍高校」と検索したときにこのブログは検索のTOPに表示される。アクセスはどうしても多くなるだろうし、それはやはり皆の知りたいことなのだろう。ただ、このブログ、書いたのが2009年と、もう9年も前のこと。内容も現在の状況とも異なる部分もあるかもしれないので、改めて今このことについて思うことを書いておきたい。

 

昔書いたことをざっくりとまとめると(昔のブログでまとめているのだが)以下の通り。

 

1 大学進学実績がいいからといって奈良高校に行った方が必ずよい大学へいけるというわけではない。(そういうのは確率の問題ではない)

 2 ただし奈良高校には切磋琢磨できる猛者はたくさんいるのでよい影響を受ける可能性はとても高い。(奈良県南部から遠い距離を通う値打ちはある)

 3 奈良高校、畝傍高校どちらへ行こうと高校ではしっかり勉強しないと大変なことになる。そこはゴールではなく、次のスタートだ。(けっこう燃え尽きている子がいないだろうか)

 4 奈良県南部の子で部活(運動系)をやるなら、奈良高校は結構ハードである。(覚悟して行ってね)

 5 本人が行きたい方があるならそっちへ行くべき。(どちらでも頑張ればよい大学へ行ける。本人の意思を曲げて無理やり行かせることはない)

 私がこの中で一番大切だと思うのは3で、次が5である。

 

9年前に思ったことは今もまったく変わらない。この通りだと思う。ただ、あれから私は自分の塾に高校部を作り、最初はアパートの一室で自塾の卒塾生(ほとんどが畝傍高校生)を教え、徹底的につきあい、「畝傍高校生ともっとも深く接してきた大人」という自負もいささかある。その経験を踏まえ、感じたことを補足したい。また、あの頃は深く突っ込んで書かなかったことも書いてみたい。

 

奈良高校の生徒は、自分達のあり方、やり方、個性といったものを尊ぶ気質が強いように思う。それをポジティブに語ると、個性的で自主独立の精神ということになるが、ネガティブに見ると、「俺達(私達)は他の奴らと違うよ」「俺達って勉強できるだけじゃ無くって変なヤツらの集まりだよフフ」といささか鼻につく部分にもなり得る。「変なヤツ」がカッコいいという価値観が強いので、「俺勉強してないわ〜」と言いながら家で猛勉強するという、歪んだ「勉強やってない詐欺」の子も多い。真面目に勉強を頑張ってる優等生のイメージを嫌うのだろう。だから部活動にも大変熱心。とにかくユニークであろうとする。

 

一方、畝傍高校生の場合、私が強く思うのは、意外に同調圧力が高いというか、「皆で手をつないで一緒に歩いていたい」というムードが強いということである。皆で並んで手をつないで歩いていて、自分が遅れていたら焦って「横並び」までは歩みを早めるのだが、自分が前に出ていても、ペースを合わせて横並びの位置まで下がってしまう。こうした行動パターンでは、皆の行動や身につくスキル等は「中央値」に集まりやすい。集団としての畝傍高校生にはこういった印象を個人的には強く受ける。同じくらいの勉強量、同じくらいの部活への頑張り、条件を揃えてしまう。その上で自分自身を値踏みして見ていることが多い。人の倍頑張って成績を上げてやる、二倍で足りないなら三倍、みたいなことはあまりやらない、やってはいけない。そこは暗黙の了解、といったような目に見えないルールで縛られている感じ。(奈良高校生に比べると)ユニークなものに憧れるのだけれど、ユニークなものになろうとしない。またそれを許さないという面も垣間見える。


奈良高校の生徒が、「一人でいかだを漕いでる海をヤツ」と凄いと思い、またそうありたいと思っている一方で、畝傍高校の生徒は、そういうヤツが凄いとは思いながらも、一人いかだを漕いでるヤツはちょっとどうなの?ちゃんと船乗れよ、と思っている。


ピントの外れたことを言いたくはないので、念のため奈良や畝傍の卒業生にこの下書きを読んでもらったが、皆苦笑いしながら「そういうところはありますね」と言ってくれた。というか、彼ら自身の口からもそういうことを聞くことも少なくないのである。


両校に在籍する生徒の方がこのブログを読んだとき、自分の学校の悪口を書かれているとカチンとくることもあるかもしれないが、もちろん私にはそういう意図はない。両校とも私は良い学校だと思っている。奈良高校の子には「そういうところをあまりこじらせない方が楽に過ごせるよ。」、畝傍高校の子には「そのつないだ手を離して、自分の可能性を信じて君だけのダッシュをしていいんだよ」というアドバイスとして読んでもらえたらと思う。


奈良高校と畝傍高校の違いは通っている子の学力の違いがあるとかそういう単純なものではない。両校は気質や文化が大きく異なる。当たり前のことであるけれども、偏差値だとか難易度をついつい見てしまう大人は案外それにとらわれ、数字だけで見てしまい、その影響を受け子供もそうなってしまう。行った学校であなたが決まるわけではなく、行った学校でどう過ごすかであなたが決まっていく。そういう当たり前のことを少しないがしろにしてしまう。


つづく


 

 

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