質問の列

分からないことを分からないと知り、そしてそれを調べたり、それでも分からなかったら人に聞く。それは学力を伸ばすのに不可欠な技能であり、その技能は「よりよく生きる」ためには不可欠なものである。

だから私の塾では、生徒が分からないところを質問できるようになることを指導のねらいとしているし、生徒は実際どんどん質問を持ってくるので、それをさばけるようにたくさんの先生を配置している。

しかしながら、それにしても今朝は次から次へと生徒が質問にやってきて、何度もノックされ、開け閉めされる職員室のドアはもしかしたら今日あたり壊れるかもしれない(笑)

今日は期末試験が近いので、朝から中学生は全員来て勉強をしている。恒例の「期末試験勉強会」だ。実は昨日も生徒達が朝から塾を開けてほしいというので朝9時から自習室を開放していた。実に盛り上がっている。直前で盛り上がるということはそれまでの勉強の立ち上がりの遅さがあるという可能性もある。というか遅い。今日質問がピークになっているということはそういうことだ。


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GR Digital


分からないことを質問しにくる生徒がが多いならば、その塾はそれだけでけっこうよい塾だと言ってもいいと思う。「先生、ここ教えてください」と生徒が活発に動いているのである。それは生徒と先生には信頼関係があり、生徒には「分からないところは先生に聞こう」という動き方ができているということだ。

質問はすればいいというものではないという考え方もある。確かにそうだ。どうでもいいようなことやつまらないことを質問しにくる生徒もいる。正直、トホホな質問を持ってくる生徒もいる。しかし質問できないより、質問できる習慣を持っている方がいいに決まっている。もしかしたら勇気をふりしぼって質問をしに来たのかもしれないのだ。先生はニッコリ笑ってつまらない質問を受けてやればよい。

生徒の質問を聞くというのはただ単にその生徒が分かるようになる手助けをするためだけでなく、先生と生徒の信頼関係を深める、心の「キャッチボール」の役割も果たしている。お互いのボールを受けながら、先生と生徒はよい関係になっていく。だから「フォームを少し直した方がいい」なんていうアドバイスは二人が充分に汗をかいて笑顔になってからでいいのだ。

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