人は習慣の奴隷

生徒達が問題を解いている様子を観察していると、様々な情報が入ってくる。「生徒を観ること」は生徒を伸ばすための第一歩だと私は思っている。

とりあえず何か書き出す子、やたらと書いては消しを繰り返す子、逆に書き出すまでに時間をかける子、出した答えを眺め、確認している子、そんなことしない子、あっさりと「解けない」と判断してしまう子等、同じ問題に取り組んでいても、その反応やアプローチは様々である。

解答を見、マルかバツかを見るだけよりも、解いている様子を見ることによって、より密度の高いその子の情報が入ってくる。当然、「情報」の質が高い方が指導の質も高くなりやすいのは言うまでもない。

私が問題を解くときに絶対やってはいけないと思っていることの一つに、「自分が問題を解いたときに、隣の子の解答をチラ見して確かめる」というのがある。長年この仕事をやってきて、この癖のある子が本当に点数が上がらないの嫌というほど見てきた。

ご同業の方々ならば、思い浮かぶ子が必ず何人かはいるはずだと思う。授業中、問題を解かされたとき、解けたら、自分で確認をしないで、隣の子の解答を、横目でちらりと毎問確認するのである。このような子は教師が指示を出しても、隣の子に何をするのかを確認してしまったり、指定されたページや問題番号を隣の子を見て確認したりすることが少なくない。

この夏、夏期講習会で、SORAの授業に参加している子の中にもそういう子はいて、そういうことをしないように注意をするが、言われた本人は少し戸惑っている様子が見える。無意識にやっているので本人にはあまり自覚がないからだろう。

このような習性と言おうか、癖が染みついている子が、「試験」において、問題文を読み、問題を解き、確認し、これでよしと決断しなければならないのである。点数が取れるはずもないのは言うまでもない。(こういう子はじっくり考えることができないので、解答欄を埋めるために、問題文を読みもせず、とんでもない答えを書きこんでいたりする。)

「人は習慣の奴隷」という言葉を聞いたことがある。けだし名言。その人がもっている「習慣」こそが、その人の人となりであり、「習慣(行動パターン)」こそがその人の人生を作っている。

小さな振舞いの中に、その子の「習慣」が見え、そこから、その子の「習性」が推測できる。もしそれがその子の「伸びない原因」になっているのであれば、そこをしっかりと修正してやらねばならない。いつも言うが、勉強時間が長いだけで、あるいは先生が分かりやすく教えるだけでは学力はなかなか伸びない。

私は、授業技術についてうるさく言うが、実は、授業技術は生徒を伸ばす「第一の柱」とは思っていない。子どもを伸ばすために、「授業」よりも大切なことは山ほどある。その中でも「悪い習慣の修正」は、生徒が自分で気づいてできることではないが故、「プロ」の出番なのである。だから私は生徒を観察するのだ。



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