ノスタルジックな一日

昨日は息子を連れて生駒山上遊園地まで「仮面ライダー電王ショー」を見に行った。

生駒山上遊園地というのは奈良と大阪の境にある生駒山の山上にある遊園地で、足こぎのコースターや素朴なメリーゴーランドなどがあるとても古めかしい小さな遊園地だ。近年USJができて、関西の遊園地はのきなみ閉鎖されているが、なかなか頑張って生き残っている。

昨日行ってみて、生き残っている理由が分かったような気がする。何とも素朴で、気楽に行くことができるお手軽感がよいのだと思う。生駒山から見える景色は絶景で、お弁当も持ち込みOK。ピクニックのついでにレトロな遊園地で遊ぶことができる。駐車場代はかかるが、入園は無料なので大阪や奈良の家族連れが訪れるのだろう。昨日はよい天気で雲一つなく、とても気持ちが良かった。家族で出かけるには最高の一日だ。

さて、「仮面ライダー電王ショー」はお昼の12時からの開演だったのであるが、途中の信貴生駒スカイラインの料金所から混んでいた。やはりお手軽な出掛け先としては最高なのだろう。時間に余裕を持って出掛けたのが幸いし、何とか開演前に到着することができた。

大人にしてみれば、陳腐極まりない、多少の「トホホ感」のあるショーであったが、子ども達は皆大喜びで見ていた。「電王」がピンチになると、「頑張れー」と応援するし、悪役が「電王」を罠にかけようと子ども達に「電王」を呼ぶように言うと素直に「電王」を呼ぶ。(それは悪役に荷担して「電王」をハメてるのでは?)私にとってはなかなか非日常的でよかった。

空を見ると、青空。気持ちのよい空気。かわいい子ども達。そんな中で、30年以上も昔、母親が今は無き「あやめ池遊園地」まで、「仮面ライダーショー」に私を連れて行ってくれたことを思い出した。

今から思えば陳腐なショーであったが、とても興奮してみていたのを思い出す。大人気で随分後ろの方から見ていたと思う。昨日はたくさんの家族がいたが、子どもの数が減ったのだろう。そんなに混んでいた感じでもなかった。

私が見た仮面ライダーショーにはたしか「ゾル大佐」が出ていた。ゾル大佐は基本的に「かぶり物」ではなく、ナチスかなんかをモチーフにした軍人の格好をしていたので、子供心に「あれは安くついて、準備がしやすいんだろうな」と思っていた。そんなことを思いながらも楽しかったのである。

最近の仮面ライダーを見ながら、意識は30年以上前にトリップして随分のノスタルジックな気分にも浸ってしまったが、「こどもの気持ち」ってどんなだったかも思い起こさせる一日にもなった。

歓迎会

今日はこれから新しく入ったスタッフの歓迎会にいきます。

それだけの手抜き日記ですみません。

あ、ちなみに明日は息子を連れて生駒山上遊園地に「仮面ライダー電王ショー」を観に行かなければなりません(笑)



板書について

あまり大きな声では言いたくないのであるが、私は授業の「板書」に重きを置かない。

様々な教育書で、「板書」の重要性について書かれているのを読むたびに居心地が悪くなり、罪悪感に苛まれる。(ちょっとウソ)

「板書が無駄だ」と言うつもりなどさらさらないが、授業に関する大抵のことに拘りを持つくせにどうして板書にだけは拘らないのだろうと不思議に思う。

あれこれ考えてみたが、自分自身を納得させるほどの理由がどうしても見当たらない。

あえて言うならば、その場で「分からせる」ことに重点を置くため、きれいな板書をして、説明のリズムが乱れるのを嫌うからか。

「分からせる」ときには私はテキストを使わない。板書だけで説明をする。

その際に最も気を使うのは説明が「淀まない」ことだ。

そして「分からせた」後、問題をやらせてみて、定着を図る。

一旦生徒に自分の頭で考えさせた後、テキストの解説部分を用いてもう一度、「解説」を行う。

「能動的」に生徒の頭を動かさせた後、説明を繰り返すと、「なるほど」と生徒は感じやすい。

「念のためにもう一度」は結構私の授業のキモである。

再度の説明のときには、テキストにいくつも「書き込み」をさせる。

足りないところや重要なところをいくつも赤字でメモさせる。

復習をするときはそれを見ればいいじゃんと思っている節があるのだ。

「板書」を写したノートは時系列であるが、テキストの解説&書き込みは単元別となる。

当然復習もしやすい。

いざ役に立つのはどちらかと言えば、後者だと思う。




などと、そうやって板書に重きを置かない理由をあげつらうのであるが、本当の理由は何なのかは定かではない。

こんなはずではなかった

私が「仮面ライダー電王」の大ファンであることはこのブログにも幾度か書いてきた。私のキャラクターとそういうのが合致しないという方も数多くいらっしゃるような気がしないでもない。

子育てにおいて、元々私はスーパー頑固親父でありたかった。玩具屋で子どもと一緒に玩具を選んでいる友達のような「父親」像にはいただけないものを感じていたのである。父親というものは理不尽なくらい頑固で、言語道断で子どもに対して意見を通すくらいでないといけないと思っている。父親が一睨みするだけで、子どもが気をつけをするくらいが私の理想である。(ちなみに一応息子は私がキッと睨むと表情がスッと変わる)

しかし、である。この「仮面ライダー電王」はいけない。何せ面白すぎる。そう思っている大人は私だけではないようで、ミクシィのコミュニティは既に1万人を突破しているのである。オタク系の人だけではこうはいかないのではないかと思う。関連の玩具もバカ売れのようだ。親も入れ込んでいるので、つい財布のヒモが緩むに違いない。ウチもそうだが。

トイざラズで、「誕生日にはデンライナーを買おうね」なんて言っているたんびに「ああ、こんなはずではなかった」と思う私である。



不覚にも泣いてしまった

『探偵ナイトスクープ』に「仮面ライダー電王」が出演したなんて話を聞いたので、you tubeで検索してみていると、たまたま見つけたコレ

不覚にも泣いてしまった。

皆さんもぜひ見てください。