今日生徒に言ったこと(34)


「受かる、受かる、受かる、ってそんな言葉いくら繰り返しても駄目だよ。そういうのはポジティブっていうのとはちがうからね。」



中3の生徒達への言葉。

落ちたらどうしようって不安になり、それじゃいけないって「受かる、受かる、受かる」と唱えてみても、それでは何も変わらない。

そういうのはポジティブ思考とは言わない。

「受かる」と言っているのは落ちると思っているからだ。

まったくの逆効果。

「合格」を引き寄せるポジティブシンキングというのは、たとえば、過去問をやって、間違いだらけになったときに、「もうだめだ」と思うのではなく、「ああ、間違いがたくさんあったけれど、バツのところをできるようにしていけば受かるんだ」というように考え、実際にそうしていくことである。

目の前の起こった事象を、肯定的に受け止めて、肯定的に行動していくことが大切なのである。

キーは「肯定的に受け止め、それを行動に変換していくこと」である。

物事は、行動に変換していくことによって、はじめて良い方向に動いていく。

ポジティブ・シンキング&アクションでいこう!





今日生徒に言ったこと(33)

 「新しい知識はもう要らない。今までやったことをしっかり覚えなおして、俺に言われたことを守れ。それができたら合格するんだよ!」

中3の授業、入試問題過去問を教室で一斉に解かせた。

第1問目は本文の中の動詞の語形変化の問題。

The people ( live ) there were poor and hungry.

カッコの中のliveを正しい形に直す問題なのであるが、少なくない子が lived にしてしまっている。

このように、絶対に解けるはずの問題を落とされると、教える側は相当に頭が痛い。

意外に学力の高くない子がしっかり正解していて、偏差値でいうと、SS55近辺の子の方が間違っていたりする。

ここに挙げたように、一文だけ示したら、living とできるが、問題文の英文がズラズラ並ぶ中でこれがでてくると、しっかり読めなくなるのである。

落ち着いて問題を見れていないのである。

私が怒って、「一文全体に線を引いてよく見てみろ」と言ったら、彼らはあっという顔をした。

学力的には絶対に解ける問題である。

しかし本番の、緊張と時間制限のある中で、先生に言われたことをしっかり守って、きちんと解ききってこそ実力というものである。



「答えの部分には線を引きなさい。」

「カッコがでてきたら、その部分だけではなく、一文の全体を見なさい。そのためにはその一文に線を引きなさい」

「整序作文は使った語は消しなさい。記号の並べ替えではなく、きちんと英文を作って解きなさい。」



こういうことは本番でだけやろうとしてもなかなかできない。練習で反復したことだけが、本番でできるのである。

「本番」は「練習の鏡」なのだ。

練習でやっていたことが恐ろしいくらいに本番に反映される。

先生に言われたことを守ろうとしない、気の抜けた練習をしていたのでは、こんな問題を正解しそこなう、気の抜けた結果しか得られないのは当然である。

こういうのを「うっかりミス」と呼んではいけない。

普段の勉強の姿勢が答案に正確に反映された「当然の帰結」なのである。

ここから先は、正解させられるはずの問題を確実に正解させるように気を配る方が、難しい問題を解けるようにするよりも、よっぽど合格の可能性は上げられる。

こんなことを、こんな冷静ではなく、少し声を荒らげて生徒達には言った。


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Nikon D700





今日生徒に言ったこと(32)


「できるようになろうと思わんとできるようになるかいな!そんなん頭(の良し悪し)の問題とちがう!」



勉強ができるようになるために、自分が伸びるために勉強するのは当たり前のことなのだが、生徒たちは案外ここを簡単に見失う。

できるようになるために問題集をやるべきなのに、さっさと終わらせることだけが目標にすり替わり、ひどいときには先生に叱られないために宿題の答えを丸写ししたりすることすらある。

易きに流れるその姿勢は習慣化され、その子の心に固着してしまう。

「できるようになりたいということを心に留めて勉強する」

こんな当たり前のことを伝え、分かってもらい、そうできるようにさせることがどれだけ難しいことか。



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Nikon D700  SIGMA 50mm/f1.4 EX DG HSM






今日生徒に言ったこと(31)

 
『努力は積み重ねろ』


努力は積み重ねられなければならない。

単発の頑張りを「努力」と呼んではいけない。

目標に向かってやるべきことを細分化し、その一つひとつに対しての頑張りの積み重ねこそを「努力」と呼びたい。


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Nikon D700  SIGMA 50mm/f1.4 EX DG HSM









今日生徒に言ったこと(30)



「勝つヤツっていうのは「やらなければならないこと」をきちんと決めて、そしてそれを絶対やりきってるんだ。目についたことだけやってたら駄目だ。」


過去問なんかをこなしていると、次から次に身につけ損ねた学力の「穴」が見つかる。それを一つひとつ丹念にやり直しをしたり、復習していかないと力がつかない。真面目な子ほどそれをきちんとやる。それは確かに大切なことであるのだが、ラストスパートの勉強は決してそれだけに振り回されてはならない。それをしてしまうと絶対に「後回しになってしまうこと」が出てきて「やり残し」が出てしまうしまうのである。

受験勉強はやるべきことを明確に、そして具体的にし、それを確実にこなした者の方が絶対に勝ちやすい。やるべきことを明確にしない者は流されてしまう。確かに流されたってやっていることは勉強なのだから、勉強していることで安心してしまいやすい。そこが落とし穴である。

目の前に見えた大切なことも、自分が必ずやると決意した計画も両方共妥協せずにやり切ってほしい。









今日生徒に言ったこと(29)

「あのなあ、君ら勘違いしてへんか?入試っていうのは受かるヤツを選んどるのと違うで。あれは、落ちるヤツを選んでるんやで。賢い大人が知恵を絞って意地悪なことしとんねんから、そんなぼうっとした調子で戦ったらエライ目に合うで。」

中3の生徒達に「ナニワ金融道」か「カイジ」でも読まそうかと本気で思う今日この頃。

今日生徒に言ったこと(28)

「丸をつけるときはゆっくり描きなさい。」

中1あたりの「答え合わせ」はもう出鱈目過ぎて頭が痛い。これをどう正確に丁寧にやらせるかは指導者の力量の問われるところだ。観察していると彼らは、驚くほどあっさり、ささっと丸をつけてしまっている。それでほんまに確認できとんのかと心の中でつっこみを思わず入れてしまう。

「ていねいに見なさい。」「しっかり確認して」という言葉はむなしい。ほとんど生徒に変化は見られないのである。(それくらいできちんとする子は別に誰が教えたって、あるいは教えなくともきっとできるようになるだろう。)

そうすると手立ては粘り強く何回も何回も言い続けることか、彼らに変化が見られる方法を見つけるしかない。

冒頭の言葉はけっこう効果的だ。そういえば、古い教育書に「AさせたいならBと言え」というタイトルの本があった。ていねいな丸つけをさせたいからと言って、「ていねいに丸をつけなさい」ではあまりに芸がない。丸をゆっくりつけると、不思議なことに答えもゆっくり見るようになる。「大慌て」で丸を打つ、あのリズムが変わってしまうのだ。

これは「完全な方法」ではないが、「ちょっと効果的な方法」ではある。ちなみに今回の「今日生徒に言ったこと」は「今日生徒に言ったこと(2)」とほとんど同じ指示であるが、「ねらい」がちがうのである。