鈴好きの息子

鈴好きの息子は鈴を見て微笑む。


R1000427
GXR A12

少年

息子の顔がどんどん少年になっていく。

他人の子は大きくなるのが早いというが、自分の子だってあっという間だ。


R1000229
GXR A12 塾にて 

合格祈願祭に来られた宮司様に挨拶に来たときの一枚。

手に持ってるのは鈴。

息子は男のくせに鈴好き。










漢字書けるよ

さきほど家内が用事で塾に立ち寄ったが、冬休みなので息子もついてきた。

先生たちに話をしてもらって、息子はご機嫌だった。

用事が終わったらマクドナルドにつれていってもらえることになっていたみたいで、ご機嫌なまま帰っていった。

待っている間、息子はもらった廃棄の紙の裏側に漢字を書いていたみたいだ。


photo
iPhone 3GS

なぜ「歌丸」なのか?



「マラカスの名まえ」

ブログのカテゴリに「子育て奮戦記」という項目を設けているわりには、子どもの普段の教育はすっかり家内に任せている。

だから、時折息子の進歩に驚くことがあり、そこに至るまでの苦労を考えると、息子の担任の先生や家内には感謝せずにはいられない。

昨日、置いてあった息子の日記帳を読んだ。

先日、空き缶にどんぐりを詰めてマラカスを作っていたが、どうやらそれにデコレーションをほどこしたらしい。


十二月十六日水

「マラカスの名まえ」
きょうマラカスにゆきのイメージをたかくしたよ。
きのうあかいはねをつけました。ぼくは、学校でつくったので一ばんきにいっています。
きょう、どうやってゆきのイメージをたかくしたかいいます。ティッシュをちぎってマラカスつけました。
いっしょにねているとサンタさんがかんちがいしてもっていくかもしれません。ぼくはいっしょにねるかねないかまよいます。だしっぱなしにしておかあさんにおこられました。
ぼくはマラカスをずっとだいじにします。そのマラカスに名まえをつけました。その名まえはゆきげしょうです。ぼくはそのマラカスでみんなとがっそうしたいです。
それにおかあさんはむかしこう校ですいそうがくぶに入っていたからリズムをおしえてくれるかもしれません。お母さんはむかしおたんじょうびにマラカスをたのんだと、いってました。
それにお父さんはギターをひいているからお父さんもおしえてくれるかもしれません。そういえばお父さんは子どものころギターをじょう手にひけるようになりたいと思ったといっていました。(原文ママ)

親馬鹿で申し訳ないが、私は息子の文章が好きだ。

マラカスに「ゆきげしょう」という名前をつけるセンス。

「そういえば」なんて言い回しができるようになったのも進歩だ。

シングルエイジの子どもの成長は速い。

息子のマラソン大会

 家内が朝早くから支度をしているので、どうしたのかと尋ねると、今日は息子のマラソン大会だと言う。

応援に行くのだそうだ。

息子が応援に来てと言ったらしい。

平日の朝からマラソン大会の応援に来てと屈託なくねだることができ、実際に母親が来てくれるなんて息子は何て幸せなのだろうと思う。

こんなに甘やかされた環境でたくましく成長できるのかと不安になるくらいの環境だ。(大袈裟か?)

朝の9時前に、家内は相当の防寒対策をして、ママ友達と一緒に学校に出かけて行った。

私も行こうと思ったら行けたが、両親そろっていくのも何なので行かないでおいた。



1年生のマラソンは2キロで、校庭を2周した後、学校を出て、近くの神社の近くまで走り、折り返してくるというようなコースだったらしい。(こういう話を聞けたということはマラソンが終わって家内が帰ってきたときに私はまだ家にいたということだ)

結果、息子は1年生で2位だったらしいのだが、1位の子は一定のペースで息も切らさず、淡々と走っていた女の子だったという。

息子はというと、スタートの時点で数回フライングをし、先生にたしなめられ、スタートを切るやいなや全速力で駆け出したらしい。

競馬で言うところの「入れ込みすぎ」というやつだ。

全速力でぶっちぎり、学校を出るときには後続をうんと引き離してトップだったが、ゴール直前は相当へばっていたという(笑)

家内曰く、しっかりペース配分してたら、その子にも負けてなかったと思うとのこと。

「こんなことなら、レースの戦い方を教えとくんだったぜ、チッ。」と思ったらしい。

その女の子の後ろをついて走って、ゴールが近づいたときに、一気にスパートをかける。

短距離は息子の方が速いので、体力さえ温存しておけば勝てる。

そんな感じの作戦か。

まあそういう作戦を授けてたとしても、息子は運動会の種目が終わって退場するときでさえ、トップを取ろうとして前の子を抜いてしまうくらいだから、我慢できずに走り出してしまってただろうと思うが。

ただこういう機会に「勝ち方」について話しておくというのは大切なことだと思う。

勝つためには勝つための方法があり、知恵は尽くさないと勝つのは難しいということを色んな機会に学んでほしい。

教育の機会は日常の中にこそ存在するのである(笑)



ウサギをおそうタカ

(書きたいことがたくさんあるが、時間がなかなか取れない上に自宅のPCが壊れ、息子のネタでお茶を濁す私)


家内からメールが送られてきた。

添付ファイルには息子の例の「おすすめ読書カード」の写真が貼り付けれていた。


2009111119210001

「タカについて いろいろなことをしらべて見ました たかはにくしょくの(後不明)」

家内はこないだのブログのことを、「私これじゃあおおらかな気持ちで子育てのできない母親みたいじゃん!」と少し根に持っているような気がする(笑)

もちろん私はそんなことは思ってはいない。



それにしても絵がいい。

「ウサギをおそうタカ」と書いてある。

この絵は何かをトレースしたのか?

それにしてはウサギがキツネみたいだけれど。




とにかく、こういうのは書き続けていればいい。

それだけで十分に素晴らしい。

「続ける力」をつけることが一番難しいのである。

ちょっとずつ褒めたり、アドバイスをしたり、関心を寄せて見続けてあげれば、質はだんだんと上がっていくものだ。

「見ました、の漢字が違うでしょ!」なんてことを、見るなりすぐ言ったりするのが一番よくないのである。

さて、家内の第一声やいかに?

メールで送ってくるくらいですから、私はあなたを信じていますよ(笑)




息子の悔し泣き

「あんた、ちゃんと読んだの?」

家内の一言で息子は泣き出した。

息子の学校では、図書室で本を借りると、その本を友達に勧めるための短い文や絵を描いた紙を書かくことになっている。

(それが強制なのかどうかはしらない。ただし絶対に強制にしない方がよい。強制するのはかなり問題がある。)

家内が冒頭のセリフを言ったのは息子が「あしたえんそく」という本の推薦文をこんなふうに書いていたためだ。




「だいめいがぜっこうちょうでおすすめです」





家内の言い分はもちろんわかるが、私はそんなのは書きゃあなんでもいいじゃないかくらいに思っている。(まだ小1だ)

書いただけ立派。

今はこうでも続けていくことが大切だ。

しかもこの文、息子らしいセンスが出ていて私は面白いと思った。

「おすすめです」とちゃんと律儀に推薦しているので、この「推薦文」の意図をちゃんと理解しているともいえる。

いいかげんさと律儀さの奇妙な同居が彼の持ち味で、彼の泣き方からすると、自分なりに工夫をしたつもりだったのだろう。

家内は、この推薦文をきちんと本の内容から引用して、もっとまじめな感じのものを期待していたのであろう。

だからゆえ、(かなり稚拙ではあるが)彼なりの工夫の部分を見落としてしまった。

「欲」は正しくモノを見ることを妨げてしまう。

この場合の「欲」とは「こんなふうに推薦文(感想文)を書いてほしい」という思いのことである。

こんなふうに冷静に言ってはいるが、実はこのとき、私は珍しく家内に頭ごなしに注意をしてしまった。

息子に頭ごなしに言ってしまった家内を注意した私が家内に頭ごなしに言ってしまってるのである。

もちろん、家内の顔は曇った。

不完全な存在が不完全なものを導き、育んでいかなければならない。

教育はそういう宿命を背負っている。

こういう仕事をしているのだから、息子に(これが仮によい文でないとして、)もっとよい文を書かせたいならば、最初に何を言うべきか、あるいは何を問うべきかなんていうことは技術的には分かっているつもりだ。

しかし、それが分かっているからといって、いつも的確に「行為」として出せるかというとそれはそうではない。

心を正しい状態に保っておくということは(どんなに大変なことがあろうと)、子育てや教育には大切なことだと思う。

相手を大切に思っているが故にそれが難しいのである。



R3000848
GR Digital3 (生まれて以来、最高に上等な格好をした日の写真)