宇宙兄弟

 

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SIGMA DP2X

病院のベッドで『宇宙兄弟』を読んだ。

子供達にも読ませたいと思った。












iPad3購入

 Softbankの電波の悪さに一度はiPhoneと縁を切った私であったが、auがiPhoneを取り扱うことになり、再びiPhoneを手にした。

auはSoftbankの10倍くらいきちんとつながる感じがする。

iCloudの便利さに感動して、一気に新型iPadまで手に入れてしまった。



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GR DIGITAL4



Flickr(写真共有サイト)に入れた写真がいつでもどこでも取り出して見ることができる。

おまけに新しいiPadはとにかく解像度が高くて、画面が美しい。

どんなに目を凝らしてみても、液晶のドットが見えない。(パソコンの画面なら見える)

それくらい細かく、なめらか。

上の写真の壁紙に写った紙のしわ!

iPadに表示された画像をGR DIGITAL4で撮影してこの美しさである。

このiPadを手に入れるために、再び電波の悪いSoftbankと再び付き合うことになったわけだが、やっぱりSoftbankというのは駄目だと思った。

Softbankセレクションの画面防護フィルムは「艶消し」で蛍光灯などの写りこみはないが、そのために著しくiPad3の画質を落としている。

こんなものをよく自社のセレクトで販売しているものだと思う。

画質が売りのiPad3がそこらへんの安物フォトフレーム以下の画質になってしまう。

亡きジョブズが見たらさぞかし嘆いたことだろう。

(ジョブズはiPhoneにカバーケースをつけて使っている人を見ても怒っていたそうだ。いわく、美しいiPhoneのデザインが台無しということだったらしい。)

一回貼ったが、それだとあまりにも惨い画質になるので、新しいのを買って張り替えた。(高かったのに)

写真はもちろん張り替え後のものである。





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GR DIGITAL4

気に入った写真をこうやってみることもできる。

iPhoneで撮った写真などは自宅へ帰った瞬間に有線でコネクトすることなく、iCloudで同期され、それはiPadにも共有される。

これが便利。

それは写真だけでなく、文書やメモもそうで、evernoteやDropboxと共に使用すればさらに便利である。

入院しているときにこれがあったら、もっと色んなことがスムーズにいったし、家内に迷惑をかけることもなかっただろう。





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GR DIGITAL4


いっそのことパソコンもMacにしてしまおうかという勢い。

写真を撮ったり、整理したりするのにはやはりMacが便利だ。

ところで、iPadはもう少し小さくてもよいのではという声があるらしい。

それでもAppleがそうしないのは将来的にiPadを学校教育の場に持ち込もうとしているからという話を聞いたことがある。

将来、教科書や教材をiPadで、という世の中になるかもしれない。

進歩的な人はそれが正しいことと思っているが、私は反対だ。

教材の一部がiPad、くらいならいいが、全教科の教科書をiPadに入れて、これひとつだけ持って学校へ行く、なんていうのは駄目だと思う。

高校生や大学生なら何とかいけると思うが、小中学生には絶対に向かない。

小学生が使ったら、きっとiPadを落として壊すだろう。

授業中、「先生、バッテリーが切れました」という子が出てくるだろう。

大人でも携帯で電話していて、「あ、ゴメン、電池切れる!」とか言っている人がいるのに、時間割をろくすっぽできない子が、毎日マメにiPadを充電できるだろうか。

全部そこに入っていれば、それ一つなければ何もできないということだ。

これでは現場は混乱する。

かといって、そういうことを考慮して設備を整えるのには莫大な費用がかかる。

これだけ考えても子供の集団をiPadで教育するのは無理がある。

操作も難しい。

誤作動も僅かながら出る。

鉛筆の持ち方が悪くて、勉強に遅れる子がいるというのに、iPadが上手く操作できなくて勉強が遅れていく子なんてもっといるだろう。

現場の視点から見ると、とてもじゃないが使えるものではない。

iPadは「個人」のツールで、集団には向かないと思う。

ただ、その点を踏まえれば、iPadには大きな可能性がある。

自分自身で使って、色んな可能性について考えていく価値は間違いなくある。












奈良県公立高校入試

 奈良県公立高校入試が本日終了しました。

中3生の皆さんお疲れ様でした。

「いつも通り」頑張れましたか。

英語は私の言った通りの出題の仕方だったでしょ。

昨年の問題からさらに進化して、色々工夫がしてありましたね。

大問3の(3)は面白い問題でした。

上手い問い方です。

良問でした。

(4)は語尾の表現で迷ったかもしれません。

「内容を、日本語で」とあるから、名詞や体言止めで答えなきゃ、とあれこれ考えた人も多かったでしょう。

さほど気にすることもありません。

大丈夫だと思います。

試験全体では「易しそうでいて、難しい気もする問題だった」という感想を持ったならそれは正解です。

そういう問題だったと思います。

合格不合格はもちろん気になることだと思いますが、できたら結果が出るまでの間にこの受験勉強のことをしっかり振り返って一人反省会をしてみてください。

「結果」を待つ間が一番謙虚に自分自身を振り返ることができるものです。

この受験は「通過点」であって「ゴール」ではありません。

今日も明日も少しでいいから勉強をしてください。

それができるならば、それはあなたがものすごく成長したということでしょう。

本当にお疲れ様でした。




保護者の皆様方

数ある塾の中から進学塾SORAを選び、最愛のお子様をSORAへ通わせてくださいまして本当にありがとうございました。

この学年は本当に素晴らしい学年でした。

「この子らの中にいて学ぶ」ことこそが、それぞれの子の学力を最も伸ばす要因になっていたのではないかと思っています。

私達の持つ教育力以上に教室の中の教育力は強烈だったと思いますし、私はそれこそが理想の教育だと考えています。

この子たちを教えることができた私達は本当に幸せでした。

ありがとうございました。






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GXR+GR Lens A12 50mm F2.5 Macro







『きっと勝つ』生徒編

高1の卒塾生達が中3の生徒のために差し入れを持ってきてくれた。

メッセージつき。

一個一個にそれぞれ別々のメッセージ。

時間かかっただろうに。

ありがとう。


iPhone


生還4 〜御礼参り〜

 命拾いしたので、大神神社に御礼参り。



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OLYMPUS XZ−1


医者から「あなたはもうフルマラソンなんてできませんよ」と言われた。

するつもりもないので全然ショックじゃなかったが、医者はそれでも足を鍛えておきなさいと言う。

足は第二の心臓の役割を果たしていて、足をしっかり鍛えておくと、心臓の負担がかなり減るらしい。

今更女の子にモテたいわけでもないのでなかなかダイエットをするモチベーションなんて今まで全然上がらなかったが、心臓の負担を減らすためと言われれば話は別。

とりあえず体重を落として足を鍛えることにした。

毎日のように神社の砂利道を歩いて、足を鍛え、森の空気を吸うのは相当体によさそうだ。

大鳥居に近いところにクルマを停めて、大神神社から狭井神社を回り、久延彦神社を回ってくれば、一時間近くになるし、適当にアップダウンがあるので理想だ。



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写真を撮ったりしながら、少し早目に歩く。





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OLYMPUS XZ−1


教え子の中には医学を学んでいる子もたくさんいて、私の短い症状を説明する文章から病名を推察し、メッセージをくれる子もいた。

入院中、医師として働いている教え子にも偶然会った。

彼は夜に病室までわざわざ来てくれた。



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最近は母親のことで、医者や病院に対してかなり不信感を持っていた私であったが、今回の入院で見方がかなり変わった。

お医者さんも看護師さんも皆立派で熱心で優しくどの患者さんにも対応されていたのに感心しきりだった。(やっぱり病院次第なのだろうなと思った。)

SORAにも医大の医学科や看護科の学生スタッフがいる。

彼らにも、そして教え子諸君にももああいう立派な医者や看護師になってほしいと心から思った。




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それにしてもいつもながらに思うが、私は強運だ。

神様に「ありがとうございました」と何度も繰り返した。

死にかけておいて「運がいい」なんておかしいじゃないかと思われるかもしれないがそうではない。

困難のない人生などなく、どんな強運の人にも困難はやってくる。

「大難を中難に、中難を小難に、小難を無難にする」が運の強い人の基本である。

今回、私は大難を小難くらいにおさめてしまったので、やっぱり強運だと思うのである。

運の強い人が運の強さに思い上がると、運は落ちていく。

だから神様にお礼を申し上げ、頭を垂れて謙虚に生きていかなければならない。

「死」というものが自分の直ぐ傍をかすめていくと、人は人生観が変わるというがそれは本当だった。

どんな心配事の死ぬことに比べたらさほどのことではない、と思えるようになった。

そして、ここから先は拾った人生、自分のやりたいことと、やらなければならないことをガンガンやっていきたいと思えるようになった。

ただし、せっかく伸びた命を雑に使っては神様にも周りの人達にも失礼極まりないので体は大切にしながらで、という条件付きで。

多くの方にご心配のお手紙やコメントをいただいた。

保護者の方がこんなコメントを下さった。

「偉そうなことを言って申し訳ないんですが、他人の子供より自分の体と家族の事を大事にして下さい。これで何かあれば塾生の親として、ご家族に顔向け出来無いですよ。」

ご心配をおかけし、申し訳ないと思う一方でとても有難い気持ちになった。

SORAの生徒は私が2週間授業を抜けただけで動揺するような育て方はしていないとはいうものの、ご迷惑をおかけしていることにかわりはない。

それでもこのように言っていただけるのである。

私達は素晴らしい人達に囲まれながら日々仕事をすることができている。

やはり私は相当に運が強い。



(つづく)

生還3

 少しずつ授業をし始めている。

様子を見ながらゆっくりと動くことにした。

まずは中3生の授業から。

今までなら、退院していきなり授業を全部やっていただろう。

他の学年ももちろん気になっているが、今回は無理をしないことにした。

実は塾の先生が突然亡くなるケースというのは少なくない。

今回、入試や生徒募集の真っただ中、病院へ行ったのは、そういうケースが数多くあり、また身近な人にも危険があったということが頭をよぎったからである。

それが「万が一」から私を救ってくれた。

塾講師というのは、不規則な生活、毎年必ずやってくる受験のプレッシャー(生徒達にとっては一回きりでも私達は毎年同じことが続く)など、心も体もなかなか休まることがない。

何せ、相手はスレた大人と違って、子供達である。

ついつい「子供達のために」と無理をしてしまう。

亡くなるのは個人塾の塾長か、大手塾の中間管理職先生という場合が多い。

無理矢理でも働いてしまう人か無理矢理に働かされている人である。

私はSORAを作ったとき、生徒達がハッピーで、通わせる親がハッピーで、働く人がハッピーで、そして私がハッピーでいられるような、そんな塾にしたいと思った。

「相手をハッピーにしたいという思い」が「愛」で、「愛とガッツの進学塾」とSORAのコピーにつけているのはそういう理由である。

生徒達がハッピーでいるためには、働くスタッフ達がハッピーでなければならないと思い、給料は高く、負担はできるだけ少ないようにと思い、努力をしてきた。

大手塾の講師が勤務時間の中で、授業時間以外で、生徒達のために使っている時間はおそらく10パーセントあればいい方だと思う。

報告書や生徒募集のためのアイテム作り、会議など、生徒のこと以外にやらないといけないこと、生徒のこと以外に気がかりなことが山ほどある。

だからなかなか生徒のことを考える時間が取れない。

それでは生徒はハッピーになれないし、先生もハッピーになれない。(よい仕事ができないというストレスはとても大きい)

「○○は最近ちょっとやる気が起きてないよなあ。□□はよく頑張ってるなあ…」なんてことを考える時間を持つのはとても大切なことで、そのためにはある程度時間の余裕が必要だ。

スタッフがそうすることができる時間を作ることは最終的に生徒達の「ハッピー」につながる。

また、密度の濃い指導を行い、質の高い仕事ができるという意味では、それはスタッフ達の「ハッピー」につながる。

そう思って、できるかぎりスタッフ達には教務の仕事に専念できる環境を作ってきた。

そうしてたら、そのしわ寄せが実は「私」のところに来てたというわけだ。

当然のことながら、私が入院している間も、塾は運営されなければならない。

病室に報告書を持ってきてもらい、確認して指示を出す。

これらを毎日、ほとんどを書面で行った。

スタッフ達は私のいない間、本当に協力して頑張ってくれた。

SORAのスタッフ達は対生徒のこと、教務のことに関しては緊急事態の中、見事に動いていたと思う。

SORAのスタッフの底力を感じた。

しかし、その一方で、私は入院している間も酸素のチューブをつけながら、仕事をせねばならなかった。

会社を運営するということに関してはとても未熟だったと思う。

会社を動かす基本知識の薄さや、「非日常」な状況の中での対応力、コミュニケーション力などに関しては、力不足を大いに感じた。

彼らは、自分達がいけてるつもりだったラインに、全然自分達が到達していなかったことを実感しただろう。(そう思ってくれてないと困る。)

それはある意味当たり前で、それらは私ができるかぎりそういうことへの負担のないようにしてきたからそうなのであるが、彼らもそれをに胡坐をかき、無関心過ぎたと思う。

しかしもちろんそれらもひっくるめてそれは全部私の責任だ。

私も彼らもお互いに反省をし、これからはよりよい体制に変えていかなければならない。

「あなたもハッピー、私もハッピー」でなければならないのに、「あなたをハッピー」にするために私が無理をしていてハッピーになれないというのではいけないのだ。




(つづく)



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OLYMPUS XZ-1  朝、病室の窓から撮る。美しい朝日。











生還2


下の写真は病院に担ぎ込まれるほんの二日前にブログにアップしていた写真である。

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そこからたった二日で、あの「日常」がまったく消し飛び、今はたくさんの管につながれ、ICUで寝かされているというこの感覚。

人間なんてあっという間に死んでしまうことだってあると実感した。

聞いて分かっていたはずのことと、自身の体験として経験するのとは天と地の差があるのだ。

しかし、このようなことは後から考えたことで、私はこのとき、塾のことばかり考えていた。

家のことは?と家内からは突っ込まれそうだが、正直、このとき私は塾のこと、正確に言うと、塾の中3のことばかりを考えていた。

タイミングは奈良の私立の発表が始まった時で、数日後には県外の私立高校の入試が始まるという頃である。

私は家内に紙とサインペンを持ってくるように頼み、中3へのメッセージを書いた。

寝ながら書くことになるので、ペンは立てて使うことになる。

ボールペンは立てて書くと、すぐにインクが出なくなる。

それを考慮してサインペンを持ってきてと、こういうときに何て冷静なんだろう俺、と書きながら苦笑してしまった。

家内はそこから退院の間、塾と私の連絡役として走りまわってくれた。

ただただ感謝である。


さて、ところで、一体私の体がどういう状態になってこういうことになっていたかというと、心臓の動きが悪くなっており、血液を循環させづらくなっていて、肺に水が溜まっている状態だった。(原因はウイルスやら何やらと色々あるらしい。)

息苦しかったのはそのせいだ。

呼吸ができないところまで水が溜まってしまったり、心臓が止まってしまったりしては大変である。

利尿剤を入れ、この水を抜かなければならない。

治療はそこから始まった。




続く


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病院は陰の気が流れているところが多いが、県立医大病院の病室は穏やかな気が流れていた。

一般病棟に移ったときに撮った一枚。