入塾試験のご案内

 8月26日(日)に入塾試験&入塾説明会を実施いたします。

いつもならば、入塾試験の案内をブログで書くことはないのですが、今回はチラシ等でのご案内をしておりませんので書かせていただいています。

入塾試験&説明会は下記の時間で行います。

八木校 午前10:30〜11:30  TEL 0744-23-1586

桜井校 午後 1:00〜 2:00  TEL 0744-47-3900

お問い合わせ・お申込みはお電話でお願いいたします。


説明会だけのご参加、大歓迎です。

お気軽にご参加ください。

なお、現在、定員間近の学年もありますので、入塾をご希望される方はお早めにお申込みください。

※個別のご相談も承りますので、ぜひお問い合わせください。



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Nikon D700  SIGMA 50mm/f1.4 EX DG HSM















高校生と焼肉を食う

 高校生クラスの子たちに、夏休みの終わりくらいにでも皆で飯でも食おうとずっと言っていて、昨日実際に皆をつれて行ってきた。

塾の近くにある食べ放題の焼肉屋。

こういうのがずっとしたかったのだ。



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このお店、以前入ったことが一度あって、正直、接客がよくないなと思っていたのだが、今回、すごくスタッフが元気で頑張っているに驚いた。

経営者がスタッフの研修に力を注いだのだなと思った。




私は「共に飯を食う」とか「共に酒を呑む」ということを大切に考えている。

だからSORAでは、スタッフで一緒に飯を食ったり、酒を呑んだりする機会をとても重要なイベントと考え、定期的に行なっている。

なので、さすがに生徒達とは、一緒に酒を呑むことはできないけれど、一緒に飯を食うことができるのはとてもいい。

ただ単に自分が楽しいからというだけではなくて、共に飯を食うと、その人のことがよく見えてくるし、意外なくらい、絆が生まれるものだ。

特に、焼肉なんていうのは「共同作業」なので、絆は一層深まりやすいと思うのだ。




教室に行ったら、生徒達の格好がいつもより、なんかオシャレっぽくて、気軽そうで、ワクワク感が滲み出ていて、なんか可笑しかった。




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いやあもう、食う食う^^

見ていて気持ちがよかった。

ごはん大を3杯平らげた上、肉もバンバン食べる、そんな子もいる。

女子だって食べる。

私が9割がた満腹と言っているときに、「まだ55%くらい」なんて言う(笑)

たくさん食べるというのは素晴らしいことだ。

若者に美味しいものをやたらと食べさせてくれる年長者の方がおられるが、その気持ちが分かった。

若い子の食べっぷりを見るのは快感なのだ。




高校生の焼肉を観察していると面白い。

美味しい肉を食いたいのだろうか、焼き加減を見ながら、トングを持って、肉をいじっているのはずっと男子だ。

さりげなく、女子の皿に焼けたお肉を置いてあげていったりして、心配りもできていたりなんかする。

素晴らしいではないか。





ラストオーダーを告げられると、慌ててデザートを電光石火の勢いで注文する。


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幸せそう。

このデザートもしっかりきれいに平らげていた。



忙しい高校生、授業の無い日に呼び出して、食事につれていくというのはなかなか難しく、授業時間を割いて連れて行った。

つまり授業をつぶして、行ったということ(笑)

杓子定規に考えると、よくないことかもしれないが、こういう一見「無駄」な時間はとても大切なものなのだ。

もちろん、年に何回もやるわけではない。

だからこの2時間が今後に活きてくる。(食べ放題120分でした)

お店のコピーに「幸福な2時間を・・・」みたいなことが書いてあったが、私も彼らも幸福な2時間だった。





帰り際、生徒達には「食べた分だけしっかり勉強するようにキリッ」と伝えておいた。(一応^^)









光り輝くものを教師が曇らせてはならない

 いろいろと突っ込みどころがあるものの、私はこの子のノートには一切口出しをしないと決めている。

この子の思考の勢いというのか、リズムや「ノリ」というものを優先させた方がこの子を伸ばせると判断しているからである。

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指導者というのはとかくあれやこれや言いたくなるものであるが、それらが「よけいなお世話」にならぬよう気を配り、時にはそれを制御しなければならない。

ちなみに、このノート、見る人が見ると分かっていただけると思うが、この子は非常に学力が高い。

もうひとつおまけに言うと、この子は女の子である。





私達は日々闘っている

 今日、中3の授業でのこと。

宿題にしていた問題集の問題を解説をしようとして、念のため、その中の問題をもう一度解かせてみた。

その中の一問。


A foreigner spoke to my son in the park. (受動態に書き換えよ)



答えが間違っている子、My son was spoken by a foreigner in the park. と書いている子に宿題をやったノートを持ってこさせた。

何名かの子がノートに解いた問題ではなんとキレイに正解を書いていた。

英語を教えている人なら分かっていただけると思うが、この問題はいわゆる群動詞の受動態というヤツで、speak to を他動詞のように見立てて、be spoken to で受動態にする、ということを知識として持っていないとできない問題である。

わかっていればできるし、それを知らないと絶対にできないという問題である。

ひさしぶりにやったのならともかくも、数日の間にできていたことができなくなるということはない。

一人の子に、「お前さあ、答え写しただろ?」と聞くと、「いえ、自分でやりました」と答える。

「じゃあ、なんで今、できてないの?」と聞くと、「いや、やり方を忘れて・・・」なんて言う。

「いや、これはそういう類の問題じゃないだろ。昨日はできて、今日はできませんということはないです。一度できたら、一日二日でできなくなるような問題じゃない。答え写したでしょ?」

「いえ、自分でやりました」

「うーん、別にいいよ、お前、家でさ、先生に答え写したって決めつけられて、授業中叱られたって、親に言っても。たいていの大人はそれでさ、お前の親御さんが苦情でも言ってきたたりしたら面倒臭いからここまで言わない。でも、俺は言うよ。で、お前の親御さんに言うわ。自分できちんとやってこうなったなんて考えられないって。俺はそんなところで面倒臭いって逃げたりしないから。ていうより、俺が家に電話するよ。親御さんに言うよ。お子さんは宿題答え写してきてるのに、自分でやりました、なんて言ってるって。さて、もう一回聞くぞ。お前、本当に写さずに自分でやったって言うんだな?」

「いえ・・・、その問題だけは解答見て、調べて答えを書きました。(言い分が変わる。しかもこの言い分!)」

「あのな、この問題はさあ、解くときに、迷うような問題じゃないの。間違った後でなら、なんでこうなるんだろう?って思うことならあるけれど。解くときに、この問題の答えはどうなるんだろう?って迷う問題なんかじゃない!」

「いえ、本当にそう思って書きました。」

「じゃあ、なんで今、迷わずに間違った答えをスラスラ書いて何とも思わないんだよ。そこまで迷って、調べて書いて来ているのに、今もう一回解かされて、正解も書けず、筆も止まらず、間違った答えをスラスラ書くなんておかしいじゃないか!」


文字だと私が生徒を疑い、決めつけ、その言い分も聞かずに叱っているみたいに思われるかもしれないが、よく読んでいただければ、わかっていただけると思う。

中には、ごまかしはしていないものの、記号の問題だけ適当に答えて、英文をズラズラと長く書かないといけない問題は全部分からなかったことにして、バツをつけて持ってきていたという子もいた。

「なんで何も書かずにバツなんだ。」と問うと、「いや、本当に分からなくて・・・」というのだが、もう一度やらせたノートには、スラスラきちんと答えが書かれている。

まるで白紙などということになるはずもない。

私達は日々こういうことと闘っている。

こういうことは親御さんが思っていらっしゃる以上に教室の中で起こっている。

しかもこういうのは、下手な言い方をしてしまったりすると、トラブルになったりもする。(生徒が自分の都合のいいように親に言うことだってある)

そういうのが面倒くさくて、見て見ぬふりをする、なんていう先生も少なくない。

「◯◯塾は厳しい」などという評判が立ってしまうと、生徒が減ってしまうかもしれない、そんなことをちょっとでも思うと、そういうことは避けたいと思うようにもなるだろう。

しかし、時には、親とトラブルになったり、塾の人気が落とすかもしれないリスクを背負ってでも、それをきちんと指摘し、火の位をもって、厳しく生徒と接することができないと、生徒達を伸ばすことはできない。

その「覚悟」は、優秀なカリキュラムや教材、「分かりやすい授業」の何倍も大切なことだと思う。



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SIGMA DP2x  飛行機が作った空気の流れが、湧き上がった入道雲を流してゆく









まだアルファベットなんてやってますが何か?

 小5の夏期講習生の授業は今日で4日目。

生徒達にはアルファベットを勉強させている。

何度も何度も発音し、何度も何度も書かせている。

根を詰めて「書く練習」をした経験が少ないのか、手が痛くなって、手をプラプラさせたりする子も出てくる。

宿題にして、家で書かせればよいと言われるかもしれないが、家で書かせると、やらない子も出てくるかもしれないし、間違えたまま練習をする子も出てくる。

最初の練習はできるかぎり先生の目の前でやらせることが大切なのだ。




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「難しいことをやっているのがエライ」という風潮を後押ししたのはきっと進学塾だと思う。

自塾の優位性をアピールするために「こんな難しいことはウチの塾でしか教えてないぞー」「ここまでこの時期に進んでいるのはウチの塾だけだ」なんていうことをやるものだから、しっかりゆっくり教えられている子が焦ってしまったりするようなことも少なくない。(そういう塾の狙いどおりだ)

親も「こんなにゆっくりしていて大丈夫かしら」なんて心配になる。

しかし基本はみっちり教えられるべきだ。

どんな優秀な子であっても、基本は大切だ。

たとえばスポーツの世界で、才能豊かな子だからといって、この子は基本はそこそこでいい、なんて指導者が考えるだろうか。

後々大きく飛躍させるためにも、みっちり基本をやらないと駄目なのはスポーツも勉強も同じなのだ。

基本の基本をしっかりやって、進むスピードについてはどこかで加速させればいい。(そういうことができるタイミングが必ず訪れるものだ)

その方が結局は学習は早く進む。

最終的に高い力をつけるために、ゆっくりと進み、基本を大切にするのだ。







期末試験勉強会

 昨日と今日は期末試験勉強会。

中1生、期末試験は技術家庭などの副教科の試験もあるので、それもしっかりやりなさいよと言ったら、「教科書を学校に置いています」という子が多数。

え、それでどうやって勉強するの?と言ったら、「(学校の)先生が置いて帰ってもいいと言いました」とのこと。

毎年こういう子はいるが、今年はそういう子の数が多いと改めて思う。

たしかに、副教科まで普段指導しているわけではないし、まだ2回目の定期試験であるから、5教科の方をまずはしっかりやらせたいとも思うが、試験直前の土日で、塾で勉強会もたっぷりあるというのに通称「置きベン」をやってしまうようでは先が暗い。

(こういうサボったり、めんどくさいことを避けることに関しての彼らの「学習能力」の高さはどうか。)

指導というのは「わかりやすい授業」なんかより、こういうところがスタート地点になっている。

(「わかりやすい授業」だけで学力が伸びれば、この仕事、そう苦労はない。念のため言っておくと、「わかりやすい授業」を軽んじて言っているのではない。)

とにかく、しっかり話をしていきたい。

ご家庭の方でもご指導よろしくお願いいたします。





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GR DIGITAL4 (写真は中2生)






教科書をしっかり教える(私は「教科書で教える」という言い方が好きではない)

 新しい教科書の使い始めの年だからか、はたまた結構いいレベルの文があるためかは定かでないが、今年は、学校の先生の解説の中に、ちょこちょこ誤訳を見つける。(誤訳とまではいかなくとも、私ならば減点するだろうというのも含む)

ちなみに以下はその誤訳を見つけた元の文。

生徒の力をつけることができる、教材としてとてもよい文。

◆For example, many people use plastic bags from stores, but they don't really need to.

◆I don't think we should just throw them away.

◆So, if you come here, I will be happy to show you around.


一番目と二番目の文はもしかしたらと思って生徒のノートを確認して見つけ、三番目はまったく予測できてなくて、生徒に質問されて分かった。

どういう誤訳であったかは書かないので、どこがどうだったのか想像してみてください。





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