運動会と…

今日は息子の運動会。

雲ひとつない晴天。


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GR Digital3

本当に雲ひとつない(笑)


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Nikon D700


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GR Digital3


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GR Digital3


生徒達の運動会もよく見に行くが、プログラムの最初の「ラジオ体操」のとき、私は生徒達の足を見ている。

ラジオ体操のポイントは「かかと」である。

最初の運動などは、ほとんどがかかとが上がっていて、1・2・3・4の2と4の拍の一瞬しかかかとは地面につかないのが正しい。

今まで見てきた中ではほとんどが地面に足がベタつきになっている。

それをきちんとするだけでラジオ体操は見違えるように美しくなる。


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Nikon D700 Cropped

一等を確信してほくそ笑んでいる(笑)



動く被写体にピントを合わせ続ける「コンティニュアス・サーボモード」を初めて試した。

最初は慣れなかったが少しずつコツがつかめてくる。

300mmのズームレンズは手ぶれ補正がついているのですべて手持ちで撮るが、手ぶれしない。


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Nikon D700

リレーでは二人追い抜いた。

口がいい(笑)

だんだん男の子らしくなっていく。


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Nikon D700

色々いい写真が撮れたが、他のお子さんの顔も写っているので載せるのは控えたい。

細田君の結婚式でも500枚しか撮らなかったので、タカをくくっていたが、よく考えてみたら、秒間5.5コマで連写しているのであっという間に700枚になった。

フィルムでは絶対にできない。

よい時代である。


それにしても、塾講師は夜行性なので一日中日光を浴びていると弱る(笑)

けっこう疲れた。


運動会を早めに抜け出して、最寄の駅で後輩たちと落ち合い、呑みに行く。

天理の沖縄料理の店で吞む。

その後、お気に入りのバーへ、いつものパターン。


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GR Digital3


午後3時から9時半まで呑んだ(笑)

まだしゃべりたりないくらいだった。

いつまででも過ごしていたい、そんな時間。

素晴らしい日だった。



生ビールジョッキ3杯、ウイスキーロック3杯、ジンロック1杯が本日の酒量。

不思議なことに、これだけ呑んだのにもかかわらず、そう酔わなかった(笑)




全部奪ってはいけない

さっき、息子が学校から帰ってきた。

雨が降っている中、ずぶぬれで帰ってきた。

手には傘を持っていた(笑)

せっかくだから写真を撮った。


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GR Digital3

この「何?その達成感は?」という表情は何だろう(笑)

お母さんにしてみれば、洗濯やら風呂やらで大変なのは重々承知なのだが、時折のこういうことは子供の情操教育というのか、彼らが成長するためにどうしても必要不可欠なものだと思えてならない。

大人の浅知恵で、不必要だと思えるものや、親にとって面倒くさいものを全部削り取り、必要なものだけを選択し、与えることはよいことだとは思えない。

それは逆にやってはいけないことなのだ。


この間、家内が息子のランドセルを開けたら、中から特大のカマキリが出てきて、家内を威嚇したらしい(笑)

さらに息子が手に持っていた袋からはバッタを捕食中のカマキリが出てきて、食べられているショウリョウバッタと目が合い、家内は寝込みそうになったという(笑)(笑)

もちろん、ずぶぬれで帰ってきてはいけないとか、カバンにカマキリを入れてはいけない(笑)とか家庭教育として指導することはとても大切なことだけれど、それらを全部奪ってしまってはいけない。

いけないと指導をしつつ、一方で見逃してあげもするというようなことが大切なのだ。

それはさじ加減が必要という意味において、そしてまた見守る側に「方針」と「哲学」と「許容の精神」が必要という意味で、高度な教育なのである。

絞り開放

レンズの絞りの開放値が小さければ小さいほど、たくさんの光が取り込めるので、それは明るいレンズと呼ばれる。

そんなレンズを絞り開放で撮れば、ピントの合う範囲のとても狭い写真になる。

当然ピントは合わせ辛い。

カメラのAFの性能が追い付かないくらいシビアになるが、撮れる写真は肉眼とは違う魅力的なものになる。

この世界に森川先生もハマり、それを見たDaichiの前田先生もハマって単焦点f.1.4を購入した(笑)

何せ運動会御用達の300mmのズームレンズより安いのである。

運動会は一年に一回。

このレンズは年中使える。

コストパフォーマンスが段違いだ。

皆ハマってください(笑)


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Nikon D700 SIGMA 50mm/f.1.4




頭に「できもの」ができたらしい(笑)

 

GR Digital

実は家内にも、このブログでも言っていなかったが、私のGR Digitalは今祁燭砲覆辰討い襦

ずっと初代を使っていたのであるが、祁燭良照修すこぶるよいので、いくつかの機材を下取りに出して買った。

慰安旅行の写真からGR Digital靴任困辰隼っていたのである。


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GR Digital

ひさしぶりの息子写真。私が中高を過ごした街の商店街で。

安物の懐中時計を見て、「ボク、これほしいねんけどな〜」

このセリフをいうときはたいていこの顔。

写真はため息もののくっきり感と諧調表現。


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GR Digital

500円くらいだったので、買ってやることにしたら、喜びのダンス(笑)

13歳から18歳まで毎日歩いた道に今息子が写っている。

不思議な感じだ。


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GR Digital

夜の先斗町で撮った。

もちろんノーフラッシュの無修正。


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GR Digital

夜の三条大橋から鴨川を撮る。

橋の欄干にカメラを置いてスローシャッター。

これ以上カメラに何かを望んでいいのだろうかというくらい完成度が高い。

リコーって凄いなあ。




毎日かあさん

息子(小1)は学校では「忘れ物大王」らしい。

よりにもよって「今日の宿題」をやるのに絶対必要だというものに限って忘れて帰ってくるらしい。

そうして結局、母親と一緒に学校まで取りに行かなければならず、取りにいくと、もう完全に「おなじみさん」になっていて、担任以外の他の先生にもしっかり顔を覚えてもらっているという。

昨日もそんなこんなで、学校へ母親と一緒にモノを取りに行った。

その帰り道、少し流れの速い大きな側溝の中に息子はザリガニを見つけたらしく、「あ、ザリガニ〜!」と叫んで側溝をのぞき込んだ。

不幸なことに、息子はあまりの角度で側溝をのぞき込んだため、肩にかけていた水筒が、外れて水流の中に落ちてしまった。

母親はこれはまずい、水筒が流されてしまうと思い、迷うことなく、側溝の中に入りこみ、水筒をキャッチした。

側溝と言えば、聞こえはいいが、まあ言えば「ドブ」である。

結局息子もドブに入ってしまい、母子はドブに浸かった靴をズックズックいわせながら、家へ帰った。

母親にそこまでさせてしまった息子の落ち込みようはかなり大きく、家に帰って、「ああ、ボクはどうしようもない子や」と呟いていたという。

今朝、息子を学校へ送り出した後、母親は自分の枕元に折り紙で作った封筒を見つけた。

その中には「ごめんなさい」とだけ書かれた紙が入っていた。

今朝息子は親より先に起きて、この封筒と手紙をこさえていたらしい。

そしてそんな手紙を置いたことはおくびにも出さず、いつもの朝を過ごし、学校へ行った。

今度は母親がそれを気付けなかったことに落ち込んでいた(笑)



私はこのエピソードに教育の原点みたいなものを見る。

息子はしょっちゅう母親にお小言を言われ、お説教をされ、叱られているが、彼を一番反省させたのは、昨日のこのエピソードである。

母親がドブにためらうことなく、入りこみ自分の水筒を拾ってくれた。

自分がドブに入って汚れることを厭わない、この行為にこそ、息子は一番心を動かされているのである。

教育技術も、洗練されたカリキュラムも教材も、あった方がそりゃあいい。

しかし、子ども達の心をを動かすのはそこではない。

日々の彼らとの「くんずほぐれつ」の格闘なのだ。

それを重ね重ねた先に彼らの変化がある。

そんなふうに思う。


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GR Digital 貝を拾ったと喜んでいるが、それは「さざえの蓋」だ。








息子と遊びに

緊急入院し、合宿に参加し、それが終わってお盆休みに入り、ゆっくりできると思ったが、ずっと息子を放ったらかしだったので、遊びに連れて行ってやる。

ATCで恐竜展をやっていたので、見に行った。まったく非計画的で、朝、この恐竜展の新聞広告を見つけた息子が、「あ、恐竜のやつや!」と言ったので、「連れて行ってやろうか?」とつい言ってしまったのである。


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GR Digital
恐竜のTシャツを着ている(笑)



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GR Digital
この恐竜が動くのであるが、なかなかリアルな動きで驚いた。


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GR Digital
なかなか楽しんでるじゃねえか。ちなみに息子が坊ちゃん刈りになっているのは自分ではさみで遊んで切ってしまったから。どうして子どもは・・・(笑)


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GR Digital
秘儀、回し撮り!いい感じに撮れた。

先日、ブログを書いている人が死んだら、そのブログはどうなる?といった内容のネットの記事を読んだ。故人のブログはそのままにしておいて、時折、故人を偲ぶためにそのブログを訪れるような時代が来るのでは、とその記事は結んでいた。

私がもし死んで、大きくなった息子がこのブログを読んだら、どんな思いを抱くのだろうと、ふとそんなことを思った。(救急車で運ばれたから、少し感傷的になっている)










日曜日の昼と夜〜お父さんが好き勝手にした日〜

日曜日はひさしぶりの休みだったので、家族でお出かけをした。

基本的に私の行きたいところにつき合わせるというお出かけの仕方で、まさにお父さんが好き勝手にした日だった。

お父さんが行きたいところに行き、お父さんが買いたいものを探し、大阪のミナミで昼食にパスタを食べ、名神高速に乗って京都に移動し、夕食は先斗町で中華を食べた。


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GR Digital (心斎橋の三木楽器。B2はアコースティックギターフロア。それにしてもなぜギターは見ているだけでこうも胸がときめくのか。)

息子はむりやり付き合わされて見事なまでにつまらなさそう(笑)

父親が弾くのを見ているので、彼はギターを欲しがってはいるのだが、その父親が自分の好きなものばかり見るので、退屈している。

お父さんはずっと仕事づくめだったのでたまにはいいのだ。


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ところで、その息子は先日、お風呂にたまたまおいてあった整髪用のはさみで自分の前髪を切ってしまい、こんなふうになってしまった。


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Nikon D700 (無理やり撮ったからこの表情)

最初は「まことちゃん」みたいになっていたのを私が縦にはさみを入れてなんとか手直しをしてこうなっている。

なぜ突然前髪をずばっと切り取るような暴挙に出たのかはわからない。

彼は元々前髪が短いのが嫌いなはずなのに。

答えはきっと「そこにはさみがあったから」なのだろう。(ちなみにそこにハサミを置いたのは私だ)

子供というのは時折後先を考えない行動を取る。

こういうときは、他人様に迷惑をかけるとか、危険なことでないかぎり、叱ったり、怒ったりするより、笑い飛ばした方がずっといい。

それは気持ちよく子育てをするコツだと思う。

ついつい親は知らず知らずのうちに「子育ての重荷」を背負い過ぎてしまう。

子育ては「きちんとさせなきゃ」と「なんとでもなるさ」という相反する考えを両方とも持っておくべきなのだ。

それは矛盾ではない。

子育てという営みが「きちんとさせる」「なんとでもなる」のどちらかしかありえないというほど単純なものではないということなのである。