Kさんのこと

Kさん(女性)から昨日ずいぶんと久しぶりに電話があった。

結婚するのだそうだ。本当にめでたいし、嬉しい。何か本当に嬉しい。

実は以前書いたこのブログの女性の方の先生だった子である。

今は製薬会社でMRという仕事をしている。なかなかハードな仕事だと思う。入社前、「プレゼン」をパワーポイントでやらされる研修があったそうだが、同期の中で圧倒的に上手かったらしい。当たり前である。私に徹底的にしごかれて、100人以上の前で話す経験を何度もやっている。場数が違うのだ。

このKさん、塾に入ってきた頃は先生としてそんなにパッとしなかった。下手じゃないけど、ぐっとくるほど上手くもない、そんな授業をしていた。しかし中3を担当した秋のこと(多分秋くらいだったような気がするが違っているかもしれない)、モニターで授業を見ていると、何か今までと全然違うのである。上手くなっている。迫力がある。説明の手際がよくて、よけいなダレがまったくない。

凄いと思った私は嬉しくなって、授業を終わって職員室へ戻ってきた彼女を捕まえ、別室に呼んだ。そして「いやあ、K先生、授業うまくなったねえ。凄いわ〜。全然今までと違うやん。もうばっちり!」とハイテンションに彼女を褒め称えた。

しかしである。にっこり笑ってくれるかと思ったらなにやら様子がおかしい。彼女は泣き出した。予想外の展開だ。女性に泣かれると男はパニックになる。このハイテンションの持って行き場を失くした私は慌てたあげく、「ご、ごめん」と訳もなく謝っていたような気もする。

ゆっくり落ち着いて話を聞いて、事の真相がはっきりする。つまりは嬉しくて泣いたのだそうだ。自分の授業に満足できず、自分はずっとこの仕事に向いていないと思っていて、いつもいつも自信がなかったのだという。それが思いもかけず、私に褒められ嬉しかったのだそうだ。私はほっとしたが、同時にこの子の純粋さというか健気さに胸が熱くなった。

人は一つのきっかけで大変身することがある。Kさんはこの後、メキメキと腕を上げる。何と言うか存在感が全然違ったものになった。ある生徒が私のサイン帳だか、手紙だかに「kamiesu先生とK先生は私が今まで習った先生の中で一番授業が上手かったと思います」と書いてあった。私と同格である(笑)確かに彼女は私の授業を見学し、オリジナルの私の授業よりも緻密に授業をやっているときもあったのである(笑)(みなさんこういう経験はありませんか?)

気がつけば、健気な「やられキャラ」だったのに、「姉御肌キャラ」になっていて、私はずっと彼女のことを「男前」と思っていた。

目的意識が高く、授業をやりながら、就職活動もパワフルにこなし、第一志望にスパッとパスしながら、TOEICの勉強もこなし、たしか800を越えていたと記憶している。凄いヤツだった(笑)

はー、Kさんが結婚かあ。でもここだけの話であるが、彼女はまったく料理がダメなのである。大丈夫だろうかと一抹の不安がよぎるが、きっと根性があるので克服するであろう。

おめでとう、Kさん。幸せになってね。



再会

今日は大学受験を終えた昔の教え子達と食事に行く。

久しぶりの再会だ。

こういうのは塾講師冥利につきる部分だなあといつも思う。

待ち合わせ場所はウチの塾だ。

迷う子はいないだろうか…ってもう18歳だから大丈夫か。

何食べようかな。

はあ〜

なんか


今日はため息をつきたくなることが重なる。




こういうときこそ気持ちをコントロールして



頑張ろう。


頑張ろう。


いえーい





美しい風景

今日は知り合いの宮司様が祭式を屋外で行うので、その準備のお手伝いをさせてもらった。私の係は「竹の準備」。塾の仕事を手伝ってくれているH君の家の裏の竹藪に竹を取りに行った。「竹」というのはよく地鎮祭なんかで立てているあんな感じの竹である。

H君の家は田舎にある。私の家も都会ではないが、H君の家は山の中を車でどんどん走っていったところにある。正直、私は彼の家の田舎度をナメていた。私の予想に反して、どこまでも山の中を走っていかなければならなかった。

朝の7時に行かせてもらって竹を切ったのであるが、今朝はとても寒く、道は一部凍結していた。しかしながら、天気はとてもよく朝日がきれいに差し込んできた。塾講師はこういうことでもないと、朝7時の太陽を見ることなど滅多にない。それだけで非日常なのである。

しかしながら、その朝日の中、私はさらに「美しいもの」を見ることができた。

最初はそれが「雪」だと思ったのだけれど違う。空気中の水蒸気が急激な冷え込みで一気に凍り、小さな氷の粒になって、空気中に浮かんでいたのだ。朝日を浴びて、それはキラキラと小さな光を放っていた。私はそれを初めて見た。

空気はとても澄み、音のない世界。そこで小さな光はしばらくの間煌めき、ゆっくりと家や木や、私たちの上に降り注いできた。それは非常に幻想的で言葉が出なかった。


ちょっと手を合わせたいような神秘さだった。こういうのに言葉が出ない程感動するというのは年を取ったからなのだろうか。

Yさんのこと

昨日、奈良高校の合格発表の場でのこと。

我が塾から受験したのはYさん一人で、合格者の番号が貼り出され、彼女の番号があるのを確かめた後、おめでとうを言うべく、彼女を探したのだが、会場がごったがえしていて姿が見あたらない。

10分ほど探した後、小さい子を抱いて掲示板の前に立っている女の子の姿が目に入った。Yさんだ。小さな妹を抱いて、記念の写真を撮っていたようだ。シャッターを押していたのはお母さんだった。

駆け寄っておめでとうを言った。とても象的だったのは、Yさんの1歳10ヶ月の妹さんを抱くその姿がとても慣れていて、堂に入っていたことである。Yさんと話している間もずっとずっとその姿がこびりついていた。

Yさんは、お母さんの手伝いをして、しょっちゅう子守をしていたのだろう。Yさんの抱き方はそういう手慣れた抱き方だったのだ。失礼なことだが、一瞬「14歳の母」ではないが、Yさんが自分の子どもを抱えて合格発表にやってきた女の子に見えてしまったくらいだ。(Yさん、ごめんね)

小さな妹さんはお姉ちゃんのことが大好きで、大好きで、Yさんが勉強しているときも、彼女の部屋へ入りたがって、仕方なくYさんは妹を膝の上に乗せて勉強をしていたそうだ。お母さんが教えてくださった。それでもYさんはいつも勤勉で、粘り強く、最後まで何事もしっかりやる子であり続けた。

Yさんが奈良高校に合格したことはもちろん最高に嬉しかったが、お母さんを助け、小さな妹さんの面倒を見ながら、受験勉強を頑張っていたことを知ることができて、実はそっちの方が私の胸を熱くした。(そんなことを言えるのもYさんが見事合格してくれたからだけれど)

Yさん、進学塾SORAに通ってくれてありがとう。