人は苦しみの中からしか学べない

私は、「人生は思い通りにいかないことが多い」ということを、子どもに伝えることを自分の教育の大きな柱の一つにしている。

世の中に出て行くと、あるいはモラトリアムの学生生活の中でさえも、人生は自分の思う通りにはいかない。人生は生易しいものではなく、とても「苦い」ものであるということを、生徒達の成長のレベルに合わせ、ゆっくりと伝えていきたいと思っている。それを知った上で、人生というものを考え、よりよき人生を送ってもらいたいと思っている。

もう10年以上、私が歴代の教え子達に伝えている言葉がある。

「人は苦しみの中からしか学べない」

苦しいときこそ、自分が成長しているのだと思うと、その苦しみを乗り越えられそうな気がする。「苦しみ」が「必然」のものだと思えてくる。この言葉は、私の人生の中で、私自身をずっと支えてくれた言葉だ。

私は、毎年、受験が近づいた生徒達に、この言葉を必ず伝える。自分が自分の人生の中でつかみ取った大切なものの考え方、あるいは先人の考え方などこそを生徒達に伝えていくことこそが「教育」なのではないかと考えることが多くなった。そういう部分が現代の教育に欠けている部分ではないのだろうかとふと思ったりもする。

受験が終わると、先生のあの言葉が自分の支えになりましたと、多くの生徒が言ってくれる。10年前の教え子が便りをくれ、この言葉に触れてくれることもある。自分が大切にしている分、この言葉には「力」が宿っているのだと思う。





もう7年前のことになる。M君という生徒がいた。礼儀正しい子だった。塾ではおとなしくて、時に頼りないところもあったが、受験が近づくにつれ、どんどんしっかりした顔つきに変わっていった。

彼は高田高校という学校を受験した。進路指導の段階で、合格間違いなしと、私は太鼓判を押した。内申点もばっちり。事前の模試の成績でも塾内で高田高校を受験する生徒の中で一番だった。絶対に落ちるはずのない成績だった。

しかし、合格発表の当日、合格者の番号を示す掲示板には彼の番号はなかったのである。彼は不合格だった。連絡を発表を見に行った先生から受けて、呆然とした。何かの間違いだと思った。

彼は私立併願、いわゆる「滑り止め」に清風高校という高校を受験していた。通常は畝傍高校や奈良高校を受験する子が併願にする学校である。併願私学の方が難易度が高いといっていいくらいだ。そういうところを合格していたのである。実力がないわけではないことはこのことが証明している。

非情なことだが、奈良県公立高校合格発表の日の午後、清風高校は入学受付を締め切る。つまり不合格だった子は、その足で清風高校へ行って手続きを本人がしなければならない。

親御さんに連絡をすると、M君の行方が分からなくなって、今探しているところだとのこと。友達も彼を見失ってしまったと言っているという。

私は焦りに焦った。眩暈がした。夕方の4時までに手続きをしないとMは高校に行けない。

あらゆるところに連絡して、彼の居場所を探したあげくに、私は意を決して清風高校へ連絡をした。事情を話し、ルールを曲げてでも彼の入学を認めてもらおうとしたのである。若い先生に電車の時間を調べさせた。清風高校まで行かなければならないだろうと思ったからだ。

電話で清風高校に電話をすると、なんとMは清風高校にいた。電話に出た清風の先生が調べてくださった。今Mは説明会に出席しているという。彼は自分で、一人で誰にも言わず、電車に乗り、大阪の清風高校まで行ったのだ。

安心すると同時に、彼の気持ちを考えるととても辛かった。

皆にそれを報告して、時間が経つのを待った。こういう日も授業がある。塾稼業は辛い。

夕方授業前、職員室のドアが開いた。Mが立っていた。彼の姿を見て、職員室中の音が消えた。

「おい、M!よく清風まで行ったな。えらかったぞ。」そう声をかけると、彼は私の顔を見るなり、

「先生が、人は苦しみの中からしか学べない、と言ったその意味が、今日僕は分かりました。」

とそれだけの言葉を振り絞るように言って、ぼろぼろと涙をこぼした。

私も泣いた。愛する教え子を不合格にした不甲斐なさと、この場面でこの言葉が吐ける我が教え子の素晴らしさに泣いた。

ゆっくりと話を聞くと、掲示を見て、とにかく清風高校へ行かなきゃと思い、気がつくと電車に乗っていたという。

清風高校で先生のお話を聞いているうちに我に返ったのだという。そして清風高校の先生のお話がとても素晴らしく、やる気が再び湧いてきたのだという。

私は清風高校の先生に心の中で深く頭を下げた。第一志望の学校を不合格になった子ばかりを集めて話をし、やる気にさせるというお話をされた先生の力量は尋常ではない。私はこのこと以来、清風高校に深く敬意を払っている。

合格させるのが私たちの仕事だ。しかしそれだけが私たちの仕事というのではけっしてないと思いながら毎日生徒の前に立っている。

楽天から来てくださった皆さんへ

こちらにも来て頂いてありがとうございます。

JUGEMというのはなかなか自由度が高く、面白いです。

よい記事が書けるよう、頑張りますね。

進学塾SORA

私の仕事は塾講師。

昨年3月に16年勤めた大手進学塾を退職し、6月に『進学塾SORA』という小さな塾を開いた。

自分のことを語るにはこの「進学塾SORA」抜きには語れない。

一塾を開くということは、おのずと『既存の塾』に対する『カウンターパンチ』であるべきだと思う。

それこそが「スタート地点」だ。

自分の「熱い思い」が山ほどに詰まった塾なのである。



はじめまして

はじめまして。

奈良県で『進学塾SORA』という学習塾を開いているkamiesuです。

こちらで、塾で仕事をしながら感じたことをつれづれなるまま、綴っていきたいと思います。よろしくお願いいたします。